1.イギリスぞっこん時代!
元々、私はイタリアに特に興味のある人間ではありませんでした。学生時代も、大好きなポ-ルウェラ-の住むイギリスにあこがれ続け、イギリスの本を読み漁り、ロッキンオン(イギリスのア-ティストだけじゃないけど)も読み漁り、そしてポ-ルウェラ-の写真を切り抜き、色々なイングリッシュティ-を味わってみたりと、どっぷりユニオンジャックに酔い続けていました。そして、初めてのロンドン旅行と共にその思いは爆発!!その後、せっせっと旅費を貯め、基本英単語500語を頭に詰め込め、いざイギリスへ!と飛び立ったのでした。
事前に申し込んでおいた学校は、イギリス南部ワセックス州ボ-ンマスという海辺の街にありました。安いという理由だけで決めてしまい多少の不安はあったものの、ヒ-スロ-空港から長距離バスに2時間揺られて着いたボ-ンマスは映画の舞台のような海岸街なのでした!!!実際、バスの到着した場所は海から少し遠かったのですが、思いっきり興奮の私はホテルにチェックインするが否や「いざ、海へ!」と向かったのでした。そしてすぐに道に迷ったのでした(笑)。まあ、地図もなしに磯のにおいを頼りに・・・と思った私も私ですが(^.^; 。たどり着いた住宅地を見回す。なんだかとても素敵である。どの家も庭自慢!といった感じである。道に迷った事を忘れてボ-っとしていると、庭でくつろいでいるマダムを発見!片言の英語で「海へ行きたいのですが・・・」(マダムも怪しいと思ったことでしょう)と言うと、親切なマダムは「あらまあ、何処から来たの?」「えっ今日イギリスに着いたばかりなの!」など言いながらスニ-カ-着用、「私も、散歩したいと思っていたから・・・」と、海まで案内してくれたのでした!!マダムに何回もお礼を言い、岸壁の上に立った私は、その連なる真っ白な石灰質の岸壁を見て「あ-、イギリス来ちゃったんだな-」と改めて思ったのでした。
その翌日から私のホ-ムスティ+学校生活が始まりました。ホ-ムスティ先は、40才位の美系カップルとその17才になる息子ボウイ-、4才の娘クレオという家族形成でした。私が到着した時ボウイ-は仕事でいなかったのですが、他の家族のあまりの美しさに「ボウイ-もカッコイイに違いない!」とほくそ笑んだ私でした。しかしっ!仕事から帰ってきたボウイ-は、ヘッドフォンを頭に、絶えずテクノを聞き続ける、ややふて腐れ気味の17才の少年だったのです。私を見ても何も言わないので、パパが叱り付けてやっとハロ-という感じでした(T^T)。こうして、ちょっぴり不安~なホ-ムスティが始まったのでした。
ママとクレオとは朝食を共にしていたこともあり、結構片言ながらもお話をしました。最初のうちはあまりの語学力不足でほとんど会話になっていなかったのですが、2ヶ月後くらいから私の語学力も上達し、この家族の複雑な事情等も分かるようになってきました。別にこちらから聞いたわけではないのですが、毎朝ママは淡々と語ってくるのです。そして分かったことが、ボウイ-の本当のお父さんは画家でロンドンに住んでいるということでした。実際、その家に飾ってあったいくつかの絵(パステル調でとてもラブリ-でした!)は、そのお父さんからのプレゼントだったのです。そのことが分かった数日後、そのお父さんがちょっとした話し合いのためにやって来ると聞きました。そして、そのまたまた数日後のある日、学校から帰って来ると、ダイニングのソファ-に怪しいブラシの様な物が揺れていました。(?)と近づくと、モヒカン頭に、タトゥ-、安全ピンピアスの中年男性が・・・揺れていたのはボウイ-のお父さんの頭だったのですね(笑)。こんな凄みのあるお父さんですが、すごく気さくでやさしい人でした(実際絵もラブリ-だったし)。その日の夕方、キッチンからママの泣き叫ぶ声が聞こえました。誰も止められないという感じで、パパとボウイ-の実父がキッチンから出てきました。そして2人で「玉打ちに行って来る」と、パブへ行ってしまいました。この2人が一緒に出かけるのも不思議なのですが。。。どうやら、彼ら3人は、若い頃から友人関係にあったようです。その後、ママの泣き声も静まったのでお休みを言い、私もベッドル-ムへ行ったものの、そこの家族のことを色々考えてしまい眠れませんでした。他人の家に住み込むと、色々プライべ-トが見えて来るのだなぁと。
その翌日の朝食時、ママはやつれていました。そして、「昨日は荒れちゃってごめんなさいね。もしかしたら、ボウイ-手放さなきゃいけないかもしれないのよ。。。」と悲しそうに言いました。ボウイ-は中学卒業後、職を転々として働いていました。いい加減そうに見えましたが、実はア-トカレッジで絵の勉強をしたいという志があったのです。でも資金が足りず、クレオもプライベ-トの学校に通っているというわけで、義理の父親にお金のことは聞けなかったようです。そして、頼ったのが本当の父親という訳です。義理の父も、長年我が子として可愛がって来たつもりでしたからかなり責任を感じた様です。
その後、家族の論争が続く中、私はボ-イフレンドと一緒に住むためこの家をあとにしました。それから何ヶ月か近所を通りかかる度に寄ってはいたのですが、いつも不在でした。数ヶ月後、同じクラスになった女の子がそこのファミリ-だ言うので、皆元気か聞くと、ボウイ-は結局ロンドンへ行ったということでした。ママは寂しいと思うけれど、ボウイ-にはがんばってもらいたいと心から思いました。(それにしても、みんな元気かなぁ・・・クレオはもう中学生!?)
ホ-ムスティも猫系の私にとってはあまり居心地のよいものではなかったのですが、他の家族(しかも異国で)を違った視点から見れたということで、良い経験になりました♪



